日本人の名前

 

弊社は豊島法人会に所属している。

 

豊島法人会では各種セミナーや交流会などが催されるのだが、

先週の交流会で知り合ったF社長のオフィスに今朝お邪魔した。

 

F社長はIT業界というわけではないので、

今やっているビジネスに直接結びつくわけではないが、

交流会で少しお話させていただいたところ、

非常に魅力的な方だったのでお時間をいただいたのだ。

 

お話させていただいて非常に勉強にもなり、

とても有意義な時間を過ごすことができた。

 

ただ、一つびっくりしたことがあって、

F社長の奥様が和歌山県の海南市で旧姓が「稲垣」という私と同じ姓であったらしい。

 

「稲垣」という姓は和歌山市南部や海南市では珍しい。

 

さらに、私の祖先は徳川家康が駿府にいたときからの家来で、

家康の息子を御三家として紀州(和歌山)に送り込んだときに、

一緒に和歌山までついてきたから和歌山に住むようになったらしいのだが、

F社長の奥様のご実家も「抱き茗荷」という形の家紋で

これは私の実家と同じであることまでわかったのだ。

 

つまりは、F社長の奥様と私は先祖がどこかでかぶっている確率が非常に高いわけだ。

 

和歌山から遠く離れた東京で遠い親戚に会えるとは思っていなかったので、

とてもびっくりしたのだが、

世間の狭さを実感し、悪いことはできないなと改めて思った。

 

 

ところで、なぜ中国や朝鮮半島の人は「金」や「李」といった同じ姓が多いのに、

中国にルーツがあるであろう日本だけ

なぜこんなに姓がばらばらなんだろうと以前から不思議に思っていた。

 

数年前に、たまたまある本を読んでいたときに見つけたのだが、

日本人の姓というのは大陸の姓とは種類が違うようで、

表現は間違っているかもしれないが、私なりの解釈によると、

今の日本人の姓というのはいわゆるミドルネームに近いものらしい。

 

つまり、日本の名前はかつて以下のように3つに分かれていたのが、

姓・・・先祖が同じ親族

名字・・・姓を区別するためにできた家族

名・・・今と同じ

どこかのタイミングで姓と名字が一緒になったらしい。

 

よく考えてみると、

平安時代には源氏と平氏がいて、

源頼朝、源義経、平清盛という名前だったのが、

鎌倉時代末期になると源氏の名門の家であるはずの足利尊氏や新田義貞といった武将は

「足利」や「新田」という(今で言う)姓になっていて、

尊氏が「源尊氏」と記載されているのは朝廷からの文書くらいだ。

 

戦国武将の武田信玄(晴信)だって源氏の名門と言われたが、

「源晴信」というのはあまり聞かない。

 

ちなみに、徳川家康は源氏、織田信長は平氏を名乗っていたが、

彼らは本当に源氏、平氏の血をひいていたのか疑わしいと個人的には思う。

 

とにかく、姓と名字が一緒になって名字が残った日本と

姓しかない大陸では同姓の人の多さが違って当たり前なのだ。

 

 

とまあ、こんなことを知っていても何の得にもならないかもしれないが、

日本という国は一から何かを作りだす能力は外国よりも劣っているけど、

外国のものを柔軟に吸収しては形を変えてユニークなものを作り出能力は

昔からはぐくまれてきたのだなと、

現代の名前でも見てとれるというのが嬉しくなってしまった。

 

そういった能力を今一度発揮して、

この不況を世界に率先して乗り切って欲しいものだ。

 

 

このブログ記事について

このページは、稲垣宏行が2009年12月 4日 19:25に書いたブログ記事です。

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