今日、弊社のある池袋で
えらいたくさんの警官が棍棒を持ってうろうろしていた。
何事かと不思議に思って1人の警官に質問してみると、
アメリカのオバマ大統領が今週来日するので
テロリストなどの監視をしているとのこと。
過去に池袋でこれほどの警官を見たことがなかったので、少し驚いたのだが、
さすがアメリカの大統領の来日となると、警備体制も厳重になるわけだ。
オバマ大統領はじめ外国のリーダーはカリスマ性があり、
また自分の信念をしっかり持っているように見えるのに、
どうして日本のリーダーはそう見えないのだろう?
日本は世界に誇るべき大国だ。
じゃあ、なぜカリスマ性や自分の信念がないようにみえる人でもリーダーになれるのに
日本は一流国家として存続できているのか?
私の勝手な意見だが、
「プレイヤーが勤勉で忠実だからマネージャにリーダーシップがなくてもうまく機能する」
からだと思う。
戦前の日本軍も
兵隊は結束が強くて勇敢で強かったみたいだが、
将軍は世界的にも評価が低かったみたいだ。
確かに優秀な兵隊だったら大して命令しなくてもちゃんと戦ってくれるから
将軍も成長しなくなるだろう。
逆に諸外国は集団行動が苦手で結束も弱いため、
強烈なリーダーシップを持ったリーダーが必要になったわけだ。
いい例は中国だ。
よく考えてみれば中国は
孫子の時代からリーダー論、組織論というものを研究している。
「将とは、智、信、仁、勇、厳なり」と今から2500年前の人が書物に書いているのである。
ところが、日本ではそういう研究がなされた形跡は全くない。
(少なくとも私は知らない)
それどころか、平安時代の指導者であるはずの貴族たちは、
源氏物語の光源氏のように遊ぶことに熱心で
全く政治は部下に任せっきりで
リーダーとは「部下を信任して権限を委譲する」ことが大切だと言いたいようだ。
これは現代でも当てはまると思う。
確かに日本では部下に権限を移譲するリーダーを大物と見なす風潮がある。
日本人はとにかく勤勉だ。
識字率が100%近い、世界でも数少ない国民なのだから教育は行き届いているはずだ。
ただ、若いころに受ける教育が
「言われたことを忠実にする」ことだけを求めているからか、
規格外のことを創造する力が欠けているような気がする。
数学だって、公式を「暗記」するように指導する教師がどれほど多いことか?
大切なのは公式を「理解」することだ。公式を「導き出せる」ようになることだ。
過去に誰かが造ったものを暗記していても規格外の発想は生まれない。
理解して応用できるようになって初めて新しい試みができるようになるのである。
世の中は絶えず変化し続けているのだから、
ずっと同じことだけしていては必ず衰退する。
政治でも技術革新でも経営でも同じことが言える。
「質より量」の時代では決められた規格に沿って、
忠実にモノを作っておけばよかったのだが、
現代のように「量より質」という時代になると勤勉で忠実なだけではいけない。
新しい試みをどんどんやっていかなければいけないのに、
先導するリーダーが育っていないのではないか?
ミスが少なく確実なだけの人ではなく、
「CHANGE」を先導できるようなリーダーが日本にももっと出てこなければならない。
そのためには我々全員が今まで教わったことを捨て去るくらいの勇気を持って、
世界で通用するレベルのリーダーを目指していかなければ
日本の将来は明るくないだろう。
苦しい時代ですが、お互い頑張りましょう!!
